私のミュージックポートレイト ~ Vol.02 (将元編)


広島音楽人の「私のミュージックポートレイト」、まさかの第2回目更新です。前回のSTEREO RECORDSオーナー、神鳥さんからの紹介で、今回は広島のクラブ/ライブハウスを中心に活動するDJ、将元(SHOGEN)の「人生の10曲」を紹介して頂きました。かつては東京で「GLUE」というパーティーを主催し、現在は地元広島で定期開催されている「tHE CLUB ROCKS」での活動をメインとしている将元の独自の音楽遍歴と審美「耳」が垣間見えるインタビューとなっております。

―では早速いきましょう。1曲目は…憂歌団。いきなりド渋いね。(笑)
そうですね。憂歌団の「カランコロンの歌」。自分がまだ5,6歳の時、当時テレビでやってた『(ゲゲゲの)鬼太郎』のエンディングだったんですけど。これヤバいんですよ、凄いアグレッシブな演奏してて。イントロのギターとかジョン・フェイヒィ(※1)みたいじゃないですか?前衛的な感じがする。
―確かに(笑)。あとめっちゃサイケだね。これその歳で引っかかったの?
なんかその時の状況覚えてて、普通にぼけーっと観とるんですけど、何か自分が空っぽになってるような気がしてて。
今振り返ったら自分を後ろから見てるような記憶なんですよ。(全部思い返しても)そこの記憶だけなんですけどね、なんか無になったような、不思議な感覚なのは。

―なんかスピリチュアルな話だね。
今思い返したらブルースってそういうものだったんかなーって。自分が(ブルースを)好きになったきっかけだったのかも、と思いますね。後々他のブルース聴くようになった時も、その時に感じたフィーリングと似てるんですよ。で、ああ、やっぱり(「カランコロンの歌」が)ブルースだったんだなーって。
あと俺、小学生の頃、妖怪がすごい好きだったんですけど、やっぱりそのルーツもこの鬼太郎だったんだなと思います。俺、妖怪検定初級持ってますからね(笑)。

※1…アメリカン・プリミティヴ・ギターの先駆者と言われるギタリスト。カントリーをルーツに持ち、独学でギターを学ぶ。フィンガーピッキングによるアンビエントでミニマルなギターワークは後に文字通りジャンルを跨いで多くの音楽家に影響を与えた。

2曲目はザ・ハイロウズの「日曜日よりの使者」ですね。中一の頃に父親と観に行った映画の『ゼブラーマン』の主題歌で、帰りに映画館でこのシングルを買ったのを覚えてます。そこから狂ったようにハイロウズとブルーハーツを聴きましたね。
―ハイロウズの方が先なんだ?
そうですね。
―でもこの時って昔と違って皆が皆ブルーハーツ聴いたりしてないよね?どっかで皆通るんだと思うけど。
周りは聴いてなかったと思いますね。でも一個すげえ覚えとるのが、中2のある時に教室でクラスの女子が『Mステ』の話で盛り上がってて。よく聞くとブルーハーツの「TRAIN-TRAIN」の映像が流れてたって話なんですよ。で「何ぃー!?」ってなって次の瞬間には「俺(ブルーハーツ)ばり好きよ!」ってその中に入っていきました。で、その場でその娘にCD貸す約束して、次の日CDを6枚くらい持ってったんですよ。そしたら「まじありえんのんじゃけど!」って(笑)。
―温度差が出たワケね(笑)。
完全に出ましたね。でも中学生の時はほんとヒロトとマーシーが全てでした。雑誌とかでインタビュー載ったりしたら即行読んでましたし、あとネットでも。で、2人がビートルズとかストーンズとか紹介してたら即行聴いて、とかやってました。

3曲目はRadioheadの「Karma Police」。その頃漫画の『BECK』(※2)がすごい好きで読んでて、その中に洋楽のバンドの名前ががいっぱい出てくるんですよ。それで知って、それこそハイロウズと同じくらいハマりました。『Bends』から聴いて『OK Computer』にいってって感じで。当時から激しいロックンロールと内省的な音楽どっちも好きだったんです。レディオヘッドは中学生ながらもカタルシスみたいなのを感じてました。聴いてて「うぁー気持ちぃー」みたいな。音の細部とか細かいアレンジが気になったんですよね。「Karma Police」は最後の方に音響処理された変なコーラスみたいなのが入るんですけど、そことか。あとは単純にメンバーのルックスがクールで好きでした。
―レディオヘッドのリアルタイムなアルバムってどれ?
Hail To The Theif』出した後くらいに知って、『In Rainbows』からはリアルタイムで聴いてましたね。
※2…ハロルド作石先生による’99年から約10年間に渡って連載された音楽漫画の金字塔的作品。実在のバンドが扱われている他、名盤のジャケットをモチーフにした各話の扉絵も話題になった。

4曲目は中3の時に出会ったBob Dylanの「Knockin’ on Heaven’s Door」ですね。ディランをヒロト・マーシーが紹介してて知って。異様に遅いテンポとか歌詞、コーラス含め全てが好きで、当時はこの曲を聴くこと自体がもの凄い体験でした。例えるなら感動しながら臨死体験する、みたいな。
―へぇー。そういう時ってヘッドフォン派?
いや、外出しです。当時学校の寮で生活してたんですけど、夜11時まではいくらでも音が出せたんですよ。他の部屋もそんな感じだったし。なので爆音でした。

―5曲目がPrimal Screamの「Rocks」。ついに歯車が回り始めた感じだね。
そうですね(笑)。高1の時に初めてSTEREO RECORDSに行ったんですけど、その時神鳥さんに「Primal ScreamのRocksありますか?」って聞いて。その日の内にもう「DJしなよ」って言われて〈tHE CLUB ROCKS〉を紹介されました。
―ステレオのお店自体はもう知ってたの?
当時流行ってたmixiで「広島 ロック」で検索したんですよ。そしたらロックスが出てきて、「うわー、すげー面白そう!」ってなって。で、そのコミュニティの管理人だった英スポ太郎さんに「高校生なんですけどロックスに行ってもいいですか?」って連絡して、その流れでステレオを教えてもらいました。
―「広島 ロック」で検索かける時点でヤバいよね。しかもその時に既にレコードに興味を持っていたという。。。
当時クロマニヨンズが1stシングルを7インチで出したんですよ。で、プレイヤーも買ったんですけど、そのクロマニヨンズ以降買ってなかったんです。それで、他のレコードも買ってみようと思って通い始めましたね。
―その後実際ロックスでDJデビューするんだよね?
最初はお客さんとして行ってたんですけど、そのうちあまり時間を置かずDJやらせてもらえるようになって。
―その時ってレコードの枚数足りたの?
ほんと十数枚の中から選んで、って感じですね。
(将元はこの初DJで何をかけたか覚えてました。ここでは割愛しますが、彼のルーツが伺えるド渋なものばっかりです。ぜひ本人に聞いてみて下さい。)

―6曲目はAllen Toussaintの「Southern Nights」。またガラッと変わったね。
ですね。この時高2だったんですけど、当時のステレオの隣にあったSHAREVARIってレコ屋の店内でかかってた音楽がめちゃ気になって、店員さんに聞いたらアラン・トゥーサンの2nd『Life, Love and Faith』に入ってる「Soul Sister」で。即行HMVに行ったんですけどその2ndが無くて、代わりに『Southern Nights』を買って聴いたらすごい感動したんですよ。なんか暖かい気持ちになると同時に、地元の三次の夜の田舎の風景にぴったりだったのが良かったんですよね。
―ここからまたジャンルが広がっていくの?ニューオリンズ周辺とか?
この時は広がらなかったんですけど、大学で東京出てからThe Privatesの延原さんの家で、「ブルースとレゲエが融合したら最高じゃないですか?」みたいな事言ってたら、延原さんからニューオリンズを聴けって勧められて。で、聴いてみたらまさにフィーリングがブルースとレゲエそのもので。ちょうどその中間みたいな。そっから掘りましたね。
―ニューオリンズで他に好きなアーティストいる?
ニューオリンズでいったらJames Booker(※3)が最高ですよ。言ったらピアノ・ブルースみたいな感じですね。(ピアノの)弾き方が独創的で、プレイが縦横無尽なんですよ。しかもそのプレイを自然にやってるんですよね。
※3…ニューオリンズ出身のピアニスト/シンガー。クラシックを素養に持ち、独創的なテクニックと音質でブルース、ジャズ、ニューオリンズR&Bを弾きこなした。彼のプレイを表現するときに「ショパンのレベルで弾くレイ・チャールズ」という言葉がある。

7曲目はManu Chaoの「Minha Galera」です。東京の大学に入学して、1年生の時にManu ChaoがLA VENTURAってゆう3~4人の小編成バンドで来日する公演があって。東京が売り切れてたんで名古屋まで見に行きましたよ。その時のパフォーマンスが凄くて。マイクを自分の心臓の辺りに当てて、「ドンドンドン!」って音を出して。最高でしたね。この曲が入ってるアルバム『Clandestino』もイイんですよ。ミニマルな感じで。
-大学生活はどんな感じだったの?
サークルに入ったんですけど、そこのサークル長たちがOKAMOTO’Sのハマ君達と中高の同級生で、改めて紹介して貰いました。実は上京前にOKAMOTO’Sがツアーで来広した時にハマ君に「春から東京行くんでDJさして下さい!」って挨拶してたんですよ。で、そこでちゃんと繋がったって感じですかね。その後リキッドでの初ワンマンで、もうDJさせて貰いました。その公演には色々圧倒されましたね。

8曲目はThe Flamingosの「I Only Have Eyes For You」ですね。その頃観たケネス・アンガー(※4)の『ラビッツ・ムーン』ってゆう短編映画にこの曲が使われてて。ほんとに魔法のような曲で、これも夜のイメージなんですよね。一度友達の女の子に「チークタイムがあるパーティしてよ」って言われて、確かにこんな曲がかかるパーティあったら最高だな、って思いました。で、ちょうどこの頃に〈GLUE〉ってイベントを始めたんですよ。いつも遊んでたグループがあってそのメンバー達と始めた感じです。
-どんなメンバー?
(OKAMOTO’Sの)レイジ君、(KANDYTOWNの)呂布君、QN、ヒダカ(Riki Hidaka)、(Giorgio)Givvn、俺、みたいな。最初は“プレ”みたいな感じで友達の誕生日会でやりましたね。それが凄くイイ感じで。最初は皆でワイワイしてるだけだったんですけど、そこから盛り上がっていった感じですかね。内容も最初はDJだけったんですけど、徐々にヒダカのライブとかもやるようになって、そのうちjanとかも合流して。ジャンルも縛りがなかったですね。
―今見たらメンバー凄いよね。何かが胎動してる感じするもん。あと、単純に〈GLUE〉ってゆう名前が最高だなと。日本語で〈接着〉って意味だよね。
イベント名は俺が決める事になったんですよ。どうしよっかな、ってなって。パンクのドキュメンタリーでドン・レッツが撮った『PUNK:ATTITUDE』ってあるじゃないですか。あれの付録で「スニッフィン・グルー」って当時のファンジンがあったんですよ。で、これイイなと。若い奴らがやるパンクのDIY的な精神が凄い好きだったんで、ピッタリだと思いましたね。
あと「グルー」って色んな意味があるじゃないですか。日本語の「グル(仲間)になろうや」とか伝道師の“グル”とか。どう捉えらえても良いなと思いました。

※4…アメリカのアンダーグラウンド映画界の映像作家。人間の精神世界を投影したような実験的な内容の作品が多く、神秘主義や悪魔主義をテーマに扱ったものもある。

9曲目はArthur Russellの「A Little Lost」です。
-最高だね(笑)。Arthur Russellはどうやって知ったの?Audikaから再発が出る前?
出る前ですね。海外のブログかなんかを読んでて知りました。最初に聴いたのは「This Is How We Walk On The Moon」だったんですけど、衝撃的過ぎて即行QNとヒダカに連絡して、「Arthur Russellって知ってる?」みたいな。
―チェロのやつもだけどガレージ寄りの作品も良いよね。ドキュメンタリーの映画は観た?
いやー、観てないんですよ。めっちゃ観たいですけどね。ソフト化されないんですかね。。。バイオグラフィー本は5年位前に渋谷のタワレコで買いましたけど。坂本慎太郎さんが帯の推薦文書いてるやつ。あれもめっちゃ良いんですよね。
―確かに面白いね。あの頃のNYのアンダーグラウンドシーンの事が事細かに書いてあってめっちゃ興味深い。ほんとこの人こそ真の意味でジャンルを横断してるよね。
正にそうですね。その辺の面白いエピソードも(本に)一杯載ってますよね。

ラスト10曲目はBurialの「In McDonalds」です。(出会ったのは)丁度東京から広島に帰ってきた頃なんですけど。そっからのこの2年間位ずうっと聴いてます。
―これも普通に出会った感じ?
その頃ArcaがプロデュースをしたBjorkの『VULNICURA』を聴いて、エレクトロニクスの洗礼を受けたんですよ。で、その周りを聴きまくっていったけどBurialが一番感動したんです。他のものと全然違う感じがするんですよ。
なんか例えば、「夜の街に遊びに行って、深夜のマックでコーヒーで一息入れる」みたいな誰にでもある黄昏る瞬間、いい時間を慈愛をもって切り取ってる感じがします。こういう都市感覚を音にできるのって凄いなと思いますね。ここまでエグく(都市感覚を)追求してる音楽って他にない気がします。あと、このBurialの都市感覚にヤラれてからマイルス・デイヴィスとかトム・ウェイツとかの都市感覚を持った他のアーティストがもっと好きになりました。

-これ歌ってるの本人?
いや、声ネタは全部サンプリングです。それも凄いんですよね。何かこの人のバックグラウンドって映画音楽とかゲーム音楽もあるんですよ。所謂ポップスではない音楽。だからこういう雰囲気になるのかも、とも思いますね。こないだ発表した新曲とGoldieの「Inner City Life」のリミックスも最高でしたね。でもこの人ライブもインタビューも全然しないんですよ。アーティスト写真も2,3枚しかなくて(笑)。その感じも凄いカッコいいなと思います。

将元:1992年生まれ。県内の高校を卒業後、大学進学を機に上京。OKAMOTO’Sのオカモトレイジらと共に都内のクラブで定期のジャンルレス・パーティー「GLUE」を主催する。帰広後、現在は毎月第3金曜日開催のロックDJイベント〈tHE CLUB ROCKS〉をメインに県内のクラブ・ライブハウスで活動中。

〈後記〉
如何でしたでしょうか。中々に渋い選曲とトークの内容だったんではないでしょうか。今回インタビューをしてみて、僕がこの20代半ばの青年に対して思ったのは(バカっぽい感想ですが)「やっぱり凄えな」というものでした。とにかく聴いてる量が半端ないのと同時に(もちろんそれが全てではないですが)、1曲1曲、ひいては作品に対する咀嚼力も半端ない。軽く暴言ですが、最近の若者らしからぬ音楽の聴き方/向き合い方をしていると思います。それの是非は別として。恐らく歌詞とか滅茶苦茶噛みしめてると思います。かつてのレコード世代にとっては当たり前だったであろう事ですが、(洋楽/邦楽問わず)最近皆さん歌詞とかきちんと読んでますかー。(小声で)音楽の飽和状態にやられてないですかー。
彼は今後も僕に、ストリーミングや曲単位で聴く分では分かりえないような音楽の楽しみ方を教えてくれそうな気がします。(山)